フラガール(扶?;ㄅ?
昭和四十年、前年の東京オリンピックの興奮もそのままに、日本が新たな一歩を踏み出そうとしていた頃。
高校進(jìn)學(xué)率が全國平均70パーセントを超え、大卒の初任給は約2萬円、カセットテープレコーダーも、同じく2萬円。東京都新幹線の東京ー大阪間「ひかり」の所要時間は四時間から三時間10分に短縮し、東京では、アイビールックが流行り、「白い巨塔」がベストセラーとなり、ビートルズがノリに乗っていた、そんな時代ーー。
炭鉱の町、福島県磐城市は、大きな岐路に立っていた。
木村早苗は掲示板の前で首を傾げた。
「求む、ハワイアンダンサー」
いつもはぼんやりと、もしくは、「早く妹たちのご飯を作らなきゃ」と急いで通り過ぎてしまう世話所の掲示板に、それが新しく貼ってあった。男たちが彫りあげる石炭からクズをより分ける選炭仕事の帰り、まだ幼さの殘る頰は炭で汚れていたが、早苗は引き寄せられるようにその貼り紙に見入った。
ああ、ハワイアンダンサーだって。天から手を差しのべられたような気分になった。ずっと炭鉱住宅の中で育ってきた早苗が、初めて觸れた外の世界。
「もう、18歳だもんな」。
つぶやいてからハッとして、こんな獨(dú)り言を誰か聞かれなかったか、慌てて周囲を見回した。
ここ數(shù)年のエネルギー革命で石油が石炭にとってかわろうとしているが、この町では石炭は命だ。石油と言う言葉はもちろん、最近、持ち上がっている「磐城市にハワイを作る」と言う計畫についても口にするのはご法度のようだった。
いや、正確にはそうではなかったのかもしれないが、少なくとも早苗の父親がそういう考えの人だった。
早苗の脇を仕事帰りの選炭婦たちが通っていく。
「今日の晩、ご飯をどうする」とか、「太って今までのズボンが履けなくなった」とか世間話に夢中で、早苗の存在にも気づいていなかった。でも、今はそれが返ってありがたい。
じっと選炭婦たちが通り過ぎるのを待ち、もう一回、あたりを確認(rèn)すると、早苗はさりげなくその貼り紙をはがした。